2015年12月07日

《劇場は素敵だ!12・2》 シリーズ 第一回

winmail.dat
≪劇場は素敵だ!≫シリーズをやってみます。
訪れた劇場と作品を簡単にですが紹介してみます。

第一回  (12月の劇場行2公演目)

富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ マルチホール

キラリ富士見・レパートリー新作
日韓共同制作『颱風奇譚』
 
原作:W.シェイクスピア『テンペスト』
作:ソン・ギウン 
演出:多田淳之介
2015年12月5日(土)14:00開演

出演:チョン・ドンファン(李太皇)、チョン・スジ(李素殷)、パク・サンジョン
(李明公)、佐山和泉(李櫻子)、小田豊(西大寺兼保)、永井秀樹(藤村男爵)、
山崎皓司(宮部大尉)、大石将弘(西大寺成保)、夏目慎也(玉三郎)、ペク・ジョ
ンスン(ウルトリ)、マ、ドゥヨン(ヤン・クリー)、チョ・アラ(運気=空気の精
霊)、伊東歌織(運気=空気の精霊)
舞台監督:ク・ボングァン 美術:島次郎 照明:岩城保 音楽・音響:チョン・ヘ
ス ドラマトゥルク:マ・ジョンファ 翻訳:石川樹里 通訳・制作アシスタント:
キム・ジョンミン 美術コーディネーター・小道具:ユ・ヨンボン 大道具制作:
ジュ・キョンソク 衣装:キム・ジョン 宣伝美術:町口覚

プロデューサー:松井憲太郎(キラリふじみ)、コ・ジュヨン
制作:矢野哲史(キラリふじみ)
共同製作:富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ、第12言語スタジオ、南山芸術セン
ター(ソウル)、安山アートセンター(安山市)
共催:独立行政法人国際交流基金
平成27年度文化庁劇場・音楽堂等活性化事業

上演時間 約2時間15分(休憩なし)
終演後、アフタートークあり 
出席:多田淳之介(演出)/永井秀樹(藤村男爵役)/マ・ドゥヨン(ヤン・クリー
役)

公益財団法人キラリ財団
富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ
〒354-0021 埼玉県富士見市大字鶴馬1803-1
049-268-7788 
http://www.kirari-fujimi.com/
館長:松井憲太郎  芸術監督:多田淳之介

最寄駅は東武東上線鶴瀬駅 徒歩25分(とあるけれど道はまっすぐだしもう少し近い
か) バスあり
この作品は、5年目を迎えた「レパートリーの創造と発信」の活動のうち、海外の劇
場との初の共同制作作品。
韓国にて制作、韓国2都市、東京芸術劇場での公演を終え、ツアー最終公演。
「シェイクスピアの名作『テンペスト』を、波乱に満ちたアジアの近代化の幕開けを
描く悲喜劇へと生まれ変わらせます。」(キラリふじみ2015年間プログラムより)

館内での富士見市の歴史・文化の市民講座や演劇・音楽・映像ワークショップなどの
ほか、市内小・中・高校への演劇アウトリーチ活動なども。
「〈子育て〉と〈地域づくり〉を劇場がリンクさせるアイデアを練るための市民
フォーラム・・・」(キラリふじみ2015年間プログラムより)
田中泯さんも、「私の子供=舞踊団」という名前で講座を持ち、参加者のパフォーマ
ンスも。

追記
劇場行12月1公演目は、上野の東京文化会館小ホールでの「寺嶋陸也ピアノリサイタ
ル」
シューベルト ピアノソナタ ハ短調D.958、イ長調D.959、変ロ長調D.960
posted by しみかん at 01:06| 日記

2015年11月23日

また八王子にて

11月23日

いい兄さんの日!
昨日はいい夫婦の日。
八王子の病院にまたちょっと入って、かみさんが通ってくれている。
今回は開腹でないので回復が早い。

前回の部屋の隣の部屋、6-B16号室。
ここからは中央高速がよく見える。
連休の最終日、今は空いているみたいだ。
銕仙会の事務局長だった荻原さんが逝ってしまったところがちょうどこの辺りか。
この前の入院の時は、夢の中に何回か現れてくれたけれど、今回は私が思うだけ。

「観世寿夫 世阿弥を読む」平凡社ライブラリー 荻原達子編を読んでいる。
こんなどこをとってもそうだと思う本を遺してくれて、荻原さん、本当にありがとうございます。

最近若い人の舞台や稽古を見ていて、ふと世阿弥の「二曲三体」ということを思う。
今回この本の中で見つけた一つは、第2章「仮面の演技」の中(元々は「新劇」に連載した「心より心に伝ふる花ー能の現象学」の中)
「いよいよ三体の稽古に入る。「物まね」(演技術)の基本形の稽古である。稽古としてはいちばん大事なところであり、世阿弥に言われるまでもなく、良いお師匠さんに恵まれた若者は幸せである。この時期は自己流の稽古は危険だ。まちがいやすい。」

第1章 世阿弥の世界
第2章 仮面の演技
第3章 伝統と現代
第4章 能役者の周辺

観世寿夫年譜
解説ー観世寿夫と現代の能 横道萬里雄
編者あとがき 荻原達子

演技者から見た世阿弥の作品や演技論、自身探ってきた能の演技・演出・修行、現代における能の問題、現代の芸術との関係・・・。
全く状況は変わらないのだな。

年譜での発見
・1955年12月 断絃会主催の「円形劇場形式による創作劇発表会」でアルベール・ジロー作詞(秋山邦晴訳)、シェーンベルク作曲、武智鉄二演出のマイム「月に憑かれたピエロ」のアルルカン。

これは、ただ武智鉄二演出とだけ知っていたのだけれど、実は秋山邦晴さん達、実験工房との仕事だったのですね。ほかで調べてみると、後に結婚する福島秀子さんも実験工房のメンバーとして参加している。来年秋山さんの作品に関係する予定で、嬉しい発見。

・1976年7月 LPレコードの秋吉敏子作曲「みなまた」(RVC)に謡の部分を作曲し謡う

これは私が内弟子に入った年だったのだ。しばらく前早稲田で教えたMさんからその「みなまた」に出演依頼があったけれどもどうしようと聞かれて、いい返事をしなかったのだけれども、今なら、もう少し考えていただろうと。

誤植発見!
第1章の二つ目の文「充実した沈黙」の出典が、
「ばいせい」復刊3号 1964年10月 早稲田大学観世会
となっているのですが、正確には「ばんせい」ですね。
この文章は、写真撮影で能面が破れた時の話から始まり、橋岡久太郎師の「教えた姨捨」の舞囃子の話で終わっている。学生ともずいぶん交流されました。

お相撲も二場所休場だった日馬富士が優勝、さて、今回は短めではあったけれども、二入院の私も、
活躍が期待されますね^_−☆
さりながら、我ながら、まあ、「老後の初心」ですぞ、重々ご無理のなきように!
posted by しみかん at 10:25| 日記

2015年09月24日

しみかんの八王子日記 ?

9月20日

朝焼けが始まっている。
点滴のせいで、夜中に何回かおしっこに起きる。
21:00 200cc
23:40 510cc
02:50 350cc
04:50 220cc
毎回の珍道中。
朝焼けが場所を変えて収まっていく。

悪寒の時以外はだいたいタオルケットで寝ているが、
最終回はふとんをかけて寝てみたら、暑くなって起きてしまった。
おかげで、夢の中で出てこなかったそのお名前をふと思い出した。
フランスの名優ジャン・ルイ・バローさんの奥様で女優のルノー・バローさん!

寿夫先生とバローさんが、青山テッセン会の古い舞台で立ち会いのワークショップをやった時、
ご一緒に劇団公演の為来日されていて、その公演をご覧になった寿夫先生がルノーさんのことをとても褒めていらした。
きっと華奢で美しい人、そしてフランス語の演劇の真を持った方だったろうと思う。
拝見したかった。

しかし、寿夫と対して、あのたくましいバローさんが、映画「天井桟敷の人々」の中で、
あんなに繊細な道化を演じていた人とは、とても思えなかった。
しかもあの映画は1945年に撮ってる!
(日本は!️)

能役者観世寿夫の完成に、若き日にバローさんのところに行っていた半年間がとても大事な時間であったということを、ご自身はあまりおっしゃってないかもしれないけれど、もっと考えていいのではないだろうか。
「イヨネスコ」とか「グロトフスキ」とかおっしゃった時の、確信を持ったその口吻。
実際にギリシャ悲劇からベケットの上演、早稲田小劇場の舞台参加に至るその道。
しかし、寿夫先生が何十年も前に書かれたことが、まだ現実のことである悲しさよ。

暮れの12月のテッセン会の申し合わせの後、寿夫先生は皆を集めて、
・健診で、貧血からガンが見つかったこと
・来年1月2月岩波ホールでの早稲田小劇場の芝居に出ることになっていて、辞められないけれど、それをひと月にしてもらって、それから手術をする
とおはなしになった。
それから約一年のお命だったが、寿夫先生は末期の病床でも痛み止めを拒否されたと聞く。
そして、能役者としてもう舞台に立てなくても、若い人の稽古はできるよね、と弘子夫人におっしゃったという。

医術は進化して、今回の手術で私は、本当の堪えがたいひどい痛みというものを感じるはなかった。
若い人の稽古はしたいしね、せめて一人の役者としても舞台に立ちたいと思う。
そのために、何から?

おしっこが、フランスに、ほとんど何も知らないフランスに、思いをいたらしめてくれたな。
日本が、今どうなっていることか、これさえわからないけれど。

朝は明けた。6:21


9.24 追記 かみさんが、平凡社ライブラリー「観世寿夫 世阿弥を読む」荻原達子編 を持って来てくれたので、年譜を確かめると以下の如し。

1962年(昭和37) 37歳
4月 フランス政府招聘日仏演劇交換留学生第一回生に選ばれ、渡仏、半年間に亘ってジャン= ルイ・バローのもとに学ぶ。パリのオデオン座ほかで数回に及ぶ能の研究会をもち、「善知鳥」を舞う。フランス演劇の古典や現代の作品にじかに触れ、演劇はもとより音楽、絵画など芸術関係の人達との交流を深め、欧州諸国を巡って12月末日帰京

1977年(昭和52) 52歳
5月 日仏演劇協会主催、渡辺守章構成のシンポジウム「演劇作業の根拠」でジャン=ルイ・バローと演技の交換。

また、ことのついでに、留学近辺の年譜を見れば
1960年(昭和35) 35歳
5月 ジャン=ルイ・バローとテアトル・ド・フランス一行のために「半蔀」。
(ちなみにこの年は、「水の曲」(武満徹作曲)・「兵士の歌」(ストラビンスキー作曲)・「蜘蛛」(福島和夫作曲)の作舞・出演あり)
1962年
3月 観世寿夫フランス留学歓送会が国際文化会館で催される。
1963年
2月 華の会と日仏演劇協会主催による「観世寿夫氏の帰朝報告会」が日仏会館で催される。
4月
NHKラジオ・教養特集「現代海外演劇の動向ーフランス編」の座談会、出席は岩瀬孝・小沢栄太郎・渡辺淳・観世寿夫
11月
ユネスコ主催の国際演劇祭東西合同シンポジウムに「猩々乱」、イヨネスコ観能、終演後オラジオ・コスタらも加わり会食。
1965年
5月
国際芸術家センターと日仏演劇協会主催のコメディー・フランセーズのメンバーと日本の演劇人との懇談会に出席。

少し離れて、グロトフスキーの訪問を受けたのが、1973年。
その間に1970年に《冥の会》結成し代表者となる。当初の同人は天野二郎・石沢秀二・観世静夫・観世栄夫・観世寿夫・関弘子・野村万之氶・野村万作・早野寿郎・藤波与兵衛・宝生閑・森塚敏・山岡久乃・山崎正和・山本則寿・渡辺守章。翌71年に初公演「オイディプース王」(ソポクレス作・山崎正和潤色・観世栄夫演出)、オイディプース王の役。
(フランス留学から冥の会まで実は8年しか経っていなかった!
「オイディプース王」は砂防会館で8月だったかな。栄夫先生の受付あたりで、ウロウロニコニコしている姿も思い出される。)

そして、
1978年(昭和53) 53歳
1月 岩波ホール演劇シリーズ第3回公演、エウリピデス原作、松平千秋翻訳、鈴木忠志演出「バッコスの信女」のディオニュソス。・・・25日虎の門病院に入院。
9月 虎の門病院に再入院。『新劇』10月号より「心より心に伝ふる花ー能の現象学」連載、1979年1月号が遺稿。
12月 7日午前11時24分永眠。


八王子から飛んでしまって。
間も無く、消灯になってしまう。
回廊を歩いてこよう。9.24 20:38




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posted by しみかん at 20:39| 日記

しみかんの八王子日記 ? 今日からお襁褓を

9月19日、今日からオムツを穿かない。

昨日、管が三本抜けて、ようやく自力でおしっこをして、水も飲めるようになった。
なかなか素晴らしいように思えるが、実際は、
忘れかけていた微弱な尿意を感じると、
もしかしてトイレに行かなくちゃと電動ベッドの背をおこして、もそもそと座りなおし、
まだ右腹から出ている管(赤い液体が出てくる)とそれを受ける袋あり、
それを左手の点滴のポールに引っ掛けて、
足を下ろし、ようよう立ち上がり、
ポールを押して、トイレによっちらよっちら。
しかも、二本の管ありながら、紙コップで毎回おしっこの量を計らねばならないのだ。
セ〜〜フ!
そして、今回は、終わってから、まだ心配でつけていたオムツを、いざパンツにはきかえてきたこの孤独なる奮闘・・・。
どキュメンラリー班、しゅつろうせよ!

そしてベッドに戻ってよっこらしょとすわってみれば、急にクシャミが!
腹が破れたか!と思ったけど、ようやく落ち着いてきた。
手術は成功しているらしい。
朝日が昇ってしばらく経った。
ルルドの泉の水をいただいて、また夢想の時間に戻ろう。 7:25


窓の外は中央高速を行き交う車のライト。
けっこう長い1日が暮れて、あっという間の1日。
レントゲン撮影から始まって、結果的にはこの病棟6周(1周135m)以上、合計1q近く歩いてるか。
ほんとうに少しだけど、昼から重湯やポタージュなどが出るようになった。
意識も少しハッキリしているか。
この朝までと、この差やいかなる。
しかし、また夢想の時間がやってくる。20:25

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posted by しみかん at 13:26| 日記

2015年09月23日

しみかんの八王子日記 ?

管を何本も打ち込まれているので、
只管打坐ならぬ只管打寝か。

時間が実に遅々と進む。
もう夜明けかと思えば、déjà vuだったのか、
まだまだあけない。

ウトウトとして夢の中で何かを食べてしまい、あ、いけなかったんだと何回も起きる。

手術翌日の昨日、
かわいい看護婦さんが、がんばって歩きましょう!と言ってくれるのでやってみたけれど、
痛み止めの薬のせいか、頭がゴールデン街のクラクラで、
一度挫折して、夕方再挑戦してようよう6階病棟一周150メートル。
今日の一周はずいぶんましになって、背中も少し伸びたように思ったけれど、
さっき執刀医が来て、「一周だけですか?」

動け!
起き上がるのに、まだ自分の腹がどこにあるのかわからない。
とりあえずベッドの上で、手と足首で、場踊り!

9.16 18:56


iPadから送信
posted by しみかん at 21:28| 日記