2018年02月17日

申楽乃座 自然居士 樋口陽一さんの寄稿

image1.JPG申楽乃座 1991.8.3
「反核・平和のための能と狂言の会」
狂言『蚊相撲』 能『自然居士』

武満徹さんの寄稿を先日ご紹介しましたが、今回は樋口陽一さんの寄稿をご紹介します。

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「湾岸」での「戦勝」を祝って、ニューヨークの目ぬき通りに紙吹雪が舞う。だが、能は、けっして、戦争をそのように見てはこなかった。
修羅の苦患のカケリ。『朝長』の救いのない最期。勝修羅の『屋島』も、朝あらしの空しさに勝者の孤独をえがくことで終わる。それに、『藤戸』があった。勝者のうしろめたさ、やましさから目をそらすことを許さない能。ー能が武家貴族社会の式楽だったことを思うと、私は、彼らの戦争観がみごとなまで複眼的だったことに感動する。
「冷たい戦争」が終って、かえって、熱い戦争が噴き出した。栄光の凱旋将軍たちは、いま、無数の『藤戸』の老母たちのことに、すこしでも思いをめぐらそうとはしていない。そんな世界のなかで、いま、日本人ひとりひとりの生き方が問われている。反核・平和へのよびかけが、能のこころと深いところで結びついて、世界じゅうに、それよりさきに日本社会のすみずみに、ゆきわたってほしい。無法ものはすぐにはいなくならないだろう。しかし、というよりはだからこそ、『自然居士』の喝食(かっしき)のおもて(面)と舞から、捨て身で人を救けようとする平和への信念と智慧の大切さを、私は読みとろうと思う。 樋口陽一
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『自然居士』
親の追善のために自らを人買いに売り、それで得た小袖を供え物として、雲居寺造営のための説法をする自然居士に捧げた少女。彼女を救うため自然居士は、東国へと向かう人買いたちを追いかけ、琵琶湖湖畔の大津にて、追いつき「その人買い舟」と呼びかけます。観阿弥作
posted by しみかん at 10:51| 日記

2018年02月15日

申楽乃座 自然居士 武満徹さんの寄稿

image1.JPG申楽乃座
1991年8月3日の公演は、「反核・平和のための能と狂言の会」
I部 狂言『蚊相撲』(野村万作)と能『自然居士』(観世銕之丞ー八世)
II部 狂言『蚊相撲』(野村万之丞ー現野村萬)と能『自然居士』(観世榮夫)
でした。
(なお、この時の『自然居士』の子方は、清水蓮太郎と清水麻耶でした。)

この時のパンフレットに武満徹さんが寄稿をされていますので、ご紹介いたします。
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今日、人類が核を保有する限り、私たちは真に解放されることは無い。たえず潜在的な危機感に脅かされ、無力感にとらえられる。日本は、表面的には、繁栄の賑わいをみせているが、それがなにか底浅いものに感じられるのは、政治があまりにもアメリカの強い影響下にあって自主性を失っていることと、私たちに潜む、核に対する危惧に由来しているからだ、と言ってもいい。よもや核戦争は起こるまいとは誰しもが重いながらも、そうした安心感すらもが核によって保たれているのだとすれば、あまりに心許ない。やはり核は、この地上から廃絶されなければならないのだ。だが、あるひとたちはそれを現実性を欠いた考えだと言うだろう。しかし、核に対する惧れは、知的に理解されるというようなものではない。それはより本質的な、感じるこころの営みであり、愛に外ならない。
敬愛する申楽乃座の先輩や友人たちが、感じるこころを失わずに、けっして大声で叫ぶのではなく、反核と平和を祈念して公演を続けられていることに、音楽に携わる者とし私は勇気づけられ、私も同じように進みたいと思う。 武満徹
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当時の申楽乃座の同人は、一噌幸政・観世銕之丞・観世榮夫・野村万作・野村万之丞・宝生閑・荻原達子。
この日のパンフレットには、樋口陽一さんも寄稿されています。次回ご紹介いたします。
posted by しみかん at 21:41| 日記