2014年04月02日

広島の猿楽町の由来とCG

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去年夏に書き始めてそのままになっていた以下の文章。途中で終わっているけれど、
載せてみようか。



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広島の原爆資料館に、8月6日から何日かのうちに全員亡くなった広島二中一年生の遺
品の展示がある。

谷口勲君は「だんだん近くなってきた。」と言い、堀弘明君は「僕はまだ生きとるの
ですか?」と言ってなくなっていったらしい。

広島テレビが作った『碑』に詳しくあるのだろう。



遺品などの辺の音声ガイドは吉永小百合さんが。

うーん、すこし、そっちに流れているか。

しかし、なんともハンカチが必要。



国立広島原爆死没者追悼平和祈念館。

遺影コーナーで広島二中で級長だった「土谷杏三」君の遺影を見る。

新作能『長崎の聖母」を応援してくれている長崎の土谷さんの義兄。

土谷君たちは、現在平和公園になっている一角で、建物疎開の作業に動員されていた
のだ。



「平和記念公園周辺の被爆前の街並み」の中の写真の中の一枚に「猿楽町 廣島寫眞
館前での新年の記念撮影 撮影松本若次」あり。



『猿楽町復元CG 』はここのブースできることができる。

2分53秒しかないけれど、音声もないけれど、人の姿もないけれど・・・。

見に行ってください。



他に映像は、例えば戦後すぐに米軍が空中撮影したものが、それぞれ短いものだけれ
どいくつもあります。

猿楽町の廃墟も。



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さて、今度の日曜日からまた広島・長崎への「巡礼」に出る。

長崎では『長崎の聖母』ニューヨーク公演のプレスリリースあるかも。

両爆心地に立って、また、考える。

猿楽町の由来は、もう一度広島の図書館で調べなければ。

今日はとりあえずこれにて。




posted by しみかん at 22:40| 日記